2014年1月23日木曜日

イエス様が洗礼を受けた理由

◼2014/1/23
◼ヨハン早稲田キリスト教会 木曜礼拝
◼タイトル:
◼聖書箇所:マタイ3:13−4:11

★メッセージ

教会や先生方のために働くことで何か利益を得られるわけではありませんが、どうして主に用いられようと尽くすでしょうか?主に用いられること自体が大きな報酬です。ときに葛藤や疲れもあるかもしれませんが、一年間、主に捧げる心を忘れずに励みましょう。
イエス様がヨハネのところに行って洗礼を授けるように依頼したことはどれほど不思議なことでしょうか。親が幼児に食べ物ちょうだいと頼むようなものです。立場が逆転してコミカルな状況です。イエス様の誕生自体が不思議でコメディといえます。イスラエルの王、救い主が生まれるというのに、ヨセフとマリアが休むところもなく馬小屋で生まれるのです。悲しさを超えて痛快さをも感じえます。
イエス様のように生きるとはどういうことでしょうか?イエス様のように自分を低くして人々に仕えなければいけません。持っていないのに持っているふりをしたり、力がないのに力があるふりをしたり、そのような虚しい態度を悔い改めましょう。
イエス様が現れてから弟子たちがヨハネを離れてイエス様のところについていってもヨハネは全く気にとめません。彼は自分が花婿の付添人であることをよく心得ていました。ヨハネの信仰告白はその生き方自体が正しくかっこよいものでした。イエス様が栄え自分は衰えねばならないと言います。
イエス様が洗礼を受けた理由の本質はどこにあるでしょうか。イエス様はすべてのクリスチャンの生き方のモデルとなるためにこの世に来られた神の子です。イエス様は祈る姿、伝道する姿などすべての行いを見せました。ただ、模範を見せるだけが目的ではなく、具体的に人々を救いに導くためです。
悔い改めて洗礼を受けなさい、そうすれば聖霊を賜物として受けます。聖霊によってイエス様が働かれます。水の洗礼を受けたイエス様のところには聖霊が下って来られました。洗礼によってイエス様ご自身が聖霊に満たされることを見せて下さいました。そして、聖霊の力で悪霊に打ち勝ち、病人を癒し、死人を生き返らせました。
日々の生活で不安なところがあるでしょうか。今日も悔い改めて聖霊の満たしを求めましょう。主は、わたしの愛する子、わたしの心に適う者と呼んで下さいます。
アタナシウスは、キリストが自ら引き取られないものは救われないと言いました。古代では、肉体は悪しきものと捉えましたので神が肉体を持ってこられるわけはないと考えました。もう一方は、ただ神様を信じればいいではないかと考えました。その神は誰かというとイエス様です。
サタンは「誘惑する者」です。神の子なら飛び降りたらどうだと言います。父なる神様ご自身がイエス様を神の子と称しているのですから神の子であることは明白です。それなのに、サタンはイエス様に誘惑をしかけます。サタンは悔い改めができません。常にゆさぶって他人を誘惑します。サタンは三つの誘惑を仕掛けました。一つ目はパンでした。それ自体は悪いものではありません。むしろ、パンを食べなければ生きていけません。二つ目は、神秘や奇跡であり、それも悪いことではありません。三つ目は栄華でありそれ自体は良いことです。主は貧困よりも反映を願われるでしょう。人々はパンの問題が解決されれば幸せになれるでしょうか。奇跡の問題が解決されれは救われるでしょうか。
サタンの言葉に耳を傾けずに聖霊の力で勝利して下さい。イエス様の御業はすでになさったことです。イエス様の御業を体験してただ伝えるだけです。聖霊に満たされたものは神様の御言葉と聖霊の力が与えられます。