2013年11月28日木曜日

主の軍の将軍として来られたイエスキリスト

◼2013/11/28
◼ヨハン早稲田キリスト教会 木曜礼拝
◼聖書箇所:ヨシュア5:13−15

★メッセージ

ギルガルは主による贖いを意味しクリスチャンそのものであります。イスラエルの民は恵みでヨルダン川を渡りました。すべての悩み苦しみ、思い起こしたくないことをすべて清めてくださる、それがギルガルです。感謝の意を表しましょう。
そのようにヨルダン川を渡った直後、抜き身の剣を手にした男が立っていました。ヨシュアは「あなたは味方か敵か」と質問します。これは私たちの考え方の特徴を表しています。あなたは私にとって有益か無益か、味方か敵か。
この男は、味方か敵か言わずに主の軍の将軍であると答えます。主イエスキリストは受肉する前に少なくとも6回地上に来られています。おそらくこの男は主ご自身である可能性が高いです。わたしはあなたの味方になりうる者でありそうなりたいが、そうならないケースもあります。わたしはあなたの味方にも敵にもなりうるということです。人が主に従えば主は味方であるし、人が主に逆らえば主は敵になります。
履物を脱げとは、今までの自分の価値観を捨てなさいということです。
アブラハム・リンカーンは、我々が主の味方になれるように導いて下さいという祈りをしました。主が私の味方となりどこでも導いてくださるように願うのも良いですが、しかし、むしろ、私が主の御旨を悟り主の想いを行う者にならせていただくように祈りましょう。
スティーブ・ジョブスは「人間は誰であっても天才的な素質を持って生まれた」と言いました。それなのにどうしてそれを使わず平凡なアイデアしか考えないのかと言いました。