2013年9月5日木曜日

監督の職

◼2013/09/05
◼ヨハン早稲田キリスト教会 木曜礼拝
◼聖書箇所:テモテ一3:1−13

★メッセージ

監督の職とは必ずしも長老や執事に限らずに、聖霊に満たされて罪に陥らずに歩めるように導く役割をする者です。世の中の監督のイメージは君臨するものですが、聖書の監督とは仕える者です。
日本では年金の大きな問題を抱えていますが、なぜそのようになったのでしょうか。年金を管理している国、指導者に対して盲目的に従順してしまうからです。年金の不払い問題が起こっても誰も咎めません。きっちりしたことが大好きな日本でそれほど多くの年金データがなくなってしまうことは普通には考えられません。
ルカ16:19にあるように、地獄に落ちた人は決して満足せず、家族の誰一人もが地獄に来ないように願います。
日本人は小規模では正直に振る舞いますが、大規模では正直でなくいい加減に振舞ってしまいます。
クリスチャンはすでに天国行きの切符をもらっていますので何も心配する必要がありません、しかし、それにふさわしい生活が身についていません。だから、筍の集いや訓練で成長します。
イエスキリストのメッセージの3分の1が食事中にしたものです。もっともてなしましょう。日本は豊かなのに人々に分け与える心がありません。隣にいても見えないのです。韓国では、豆一つでも分けましょうという言葉があります。けちな人は人ではなく物が好きです。物は変化がなくあきてしまうでしょう。イエスキリストを信じると人間が大好きになります。人間が好きな人は幸せな人です。
アブラハムは知らないうちに主と天使二人をもてなしました。それゆえにイサク誕生の預言をいただきました。
4節 品位を持つのはマナーを持つことです。世の人々でも品位がある人はいますが、クリスチャンは清い品位を持って歩みましょう。
クリスチャンは主にあって良いコメディアンになりましょう。いつも人々を励まし笑わせましょう。100回失敗したなら101回目に挑戦しましょう。