2013年6月30日日曜日

弱さで出会って下さる神様

◼2013/06/30
◼ヨハン吉祥寺キリスト教会
◼聖書箇所:ルカ19:1−10

★メッセージ

ザアカイは 身長が小さいことで劣等感を持っていました。ザアカイが背が小さかったのはザアカイのせいでしょうか?彼が何か罪を犯したから背が小さいのでもなく、誰かの責任でもありません。でも、ザアカイはその劣等感で孤独であり誰もその心を知ることはできませんでした。
人は誰かから何か叱られるのでないか迫害されるのではないかといつもびくびくしてることがあります。誰もそのように思っていないのに、劣等感が自分を苛みます。本当に誰も愛の言葉をかけないのでしょうか。何人かはその人に励ましとなる言葉をかけるかもしれません。しかし、自分の心が自己中心的であり自分の劣等感だけにとらわれていれば他人の意見も聞こえません。これが私たちの大きな罪であります。

ザアカイは木に登っているときにイエス様に会いました。イエス様は人の弱さの中で出会って下さる方です。ザアカイにとってイエスが病人や罪人と一緒にいて助けてあげていることについて全く理解できなかったでしょう。しかし、何かザアカイの心を引くものがあって、自分のようなものを省みて下さるかもしれないと思ったのでしょう。ザアカイはイエスの噂を聞かなければ木に登ることもイエスに会うこともありませんでした。私たちは喜んでイエス様の名前を表し伝えましょう。

自分の惨めさの中にイエス様を求めましょう。もし仕事ができないならば上司に相談してみてください。もし過ちを犯してしまったならば隠さずに正直に誰かに告白してみてください。自分の罪を公に言い表すなら主は私たちの罪を赦し清めてくださいます。ザアカイが出会った場所は木の上でした。それはザアカイの醜さを表す場所です。背が小さいことがわかるものであり、そこまで登ってイエスに会おうとすう貪欲さが現れるところであります。人々はザアカイを見て嘲ったでしょうが、イエス様はそのザアカイに出会って下さいました。
ザアカイは職業柄、人の心を見抜くプロであったでしょう。もしイエスが下心を持ってザアカイに近寄ってきたとしたらそれを見抜くかもしれません。しかし、イエス様が本当に自分を愛して憐れんで下さることを知って心を開きました。ザアカイはイエス様の愛を知りその中で生きていきたいと決断しました。ザアカイは人の評価から自由になり自分がどれだけ人を傷つけてきたかを悟りました。そして、本来、自分がするべきことを知り行動に移したのです。ザアカイの振る舞いは神様の子供にふさわしく大胆で自由なものでした。