2013年6月11日火曜日

自分で起こす火が邪魔になる

◼2013/06/11
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:イザヤ書50:4−51:8

★メッセージ

4節 12弟子はイエスキリストから呼ばれて従いました。召命を受けて従うものが弟子です。12弟子たちは何か優れていたところがあったわけではありません。ある弟子はすぐに切れやすく雷の子とさえ呼ばれていました。しかし、主は恵みにより呼んでくださいました。私たちクリスチャンも何も救われるに値するところはありませんが、恵みにより呼ばれたものであります。
5節 主なる神はわたしの耳を開かれた。わたしは逆らわず退かなかった。  苦しみに対する良い方法は逃げないということです。
主が味方ですから、むしろ喜んで向かっていきましょう。
10-11節 闇の中にあるとき、光がないとき、そんな人生を歩まなければいけないことがありますが、どうすれば良いでしょうか。こういうとき、たいてい人々は自分で火を起こし始めますが、それがどんな頼りになるのでしょうか。小さな頼りない光は逆に邪魔になってしまいます。小さな光はすぐ周りを照らしますが、それで遠くが見えなくなってしまいます。夜に懐中電灯をつけるとすぐ近くは見えても星が見えなくなってしまうようにです。自分の光を消すと主の光が輝き私たちの進路を示されます。

51章3節 荒れ野をエデンの園とし荒れ地を主の園とされる
これこそ主が望まれることです。私たちは自分が考えている枠から抜け出さない限り成長がありません。多くの人が枠の中で競争し勝利しようとしますが、それはその枠の範囲の中でのことだけです。荒れ野がエデンの園に変えられるのは主でありますが、我々は単なる傍観者ではなく当事者になりたいものです。今の自分で大丈夫と思っていないでしょうか。自分が設けてしまった枠から抜け出て主が望まれる者になっていきましょう。