2013年5月26日日曜日

初代教会での熱心

■2013/05/26
■ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
■タイトル:聖霊に満たされた教会
■聖書箇所:使徒言行録2:42−47

★メッセージ

イエスキリストが十字架につけられたのは過越の時期でした、それは偶然ではありません。
イエス様は復活して40日後に昇天され、それから10日後、復活からは 50日後に聖霊が降りました。御言葉と聖霊は神様が私たちに送って下さった最高のプレゼントです。御言葉はイエス様ご自身であり、それを解釈できるのは聖霊の力のみです。
教会という言葉はどこか静的な感覚がありますが、本来、原語では「エクレシア」といい、呼び出されたという意味です。私たちは神様によってこの世から呼び出され聖霊に満たされて新しい生き方をするものです。教会は聖霊の産物です。私たちは世から選び出されましたが、だからといって世から分離されるものではありません。むしろ、世に戻っていき主の光を放つものとなります。

初代教会は四つのことに熱心でありました。1つ目は、使徒の教えです。来られるべきイエス様を描いた旧約聖書、そして来られたイエス様、これらを教えるのが使徒の教えであり、御言葉はそのものでもあります。
第二、第三に、相互の交わり、パンを裂くことに熱心でした。聖霊に満たされたクリスチャンは、互いにわかちあうことになります。かつて日本の住宅は夫婦と子供二人で四人家族が暮らすことを前提に作られていましたが、今は一人暮らしが多くなりました。しかし、人はつながっていたいという思いがあり、最近はシェアハウスがはやっています。部屋は別ですが共同スペースがあります。教会はまさに集まるところですが、時にはけんかをすることもあります。それは真心が出るからです。世の中では表せない怒りや憎しみも出して癒されるところが教会です。本当の人間関係、愛の関係を実践するとことが教会です。
四つ目に、祈りに熱心な教会でした。祈りがなければ聖霊が働かれません。どんなにやっても恵みがなければ疲れてしまいます。たとえば、ヨハン教会では一年に二回もバイブルウィークといって二週間にわたって朝、午後、夕方と聖書勉強をしますが、ここまでやるのはクレイジーかもしくはワンダフルのどちらかでしょう。恵みがなければクレイジーですが、恵みがあればワンダフルであります。祈りは神様の心さえ動かすことができます。神様さえ動かせるのであれば人を動かすこともできるはずです。聖霊に満たされた教会は世の中に対してインパクトを与えなければいけません。
経済の原理は、持っているものがますます豊かになり、持たざるものがますます貧しくなるものです。現在の日本の円安経済もその傾向が表れてきています。教会はそれに対して新しい生き方を提示していかなければいけません。初代教会では自分の持ち物を持ち寄って共有しました。だからといってそこに聖霊が伴わなければ人間中心なものとなり、共産主義の国の多くが崩壊したことを歴史に見ることができます。
聖霊に満たされた教会は世の中におそれを生じさせます。世の中の人々から迫害されたり蔑視されることもありますが、それは聖霊が働かれている証拠です。