2013年1月31日木曜日

罪を赦される主


■2013/01/31
■ヨハン早稲田キリスト教会 木曜礼拝
■聖書箇所:ヨハネ9:1-12


★メッセージ

イエスキリストは唯一の神の子羊、いけにえであるとヨハネは気づきました。
婚礼では、召使いたちが、イエスが誰であったかを知らなかったが、その通りに行ったら水がぶどう酒に変わりました。
何をやっても意味深く喜びの人生を送ることができると説きました。

ニコデモは何をすれば救われるか質問しました。たいていの人はどうなるべきかよりも何をすべきかについて悩んでいます。

日本は韓国のように人を馬鹿にする言葉があまりありません。言葉がきれいであることは、より宣教に用いられる可能性があります。アララト山と富士山が似ていると感動された人もいます。日本はある時、一気に福音化される可能性もあります。問題は私たちの器がどれだけ整えられているかです。

サマリアの女は結婚もせず男と同居していた不倫の罪深い女でしたが、イエスは深く憐れまれ、ひとことも追及しませんでした。イエスを信じた瞬間からすべての罪は赦されます。聖霊に満たされると、その確信を持ち自信を持って生きることができます。

ソドムとゴモラは当時1000万人の人口でしたが、主は10人正しいものがいれば滅ぼさないと言われました。日本は我々がいれば十分です。

姦淫で捉えられた女について、人々には、姦淫の罪を犯していないものから石を投げなさいとは言わずに、罪を犯したことのない者が石を投げなさいと言われました。姦淫の罪と他の罪は同じくらい重たい罪であることを表しています。

生まれつきの盲人について、人々は祖先の罪か本人の罪か質問しましたが、全くうそではありません。私たちの罪はアダムとイブの罪に行き着きます。しかし、それを考えるときりがありません。イエス様にとって誰の罪であるかは関係ありません。すべての罪は赦されるからであり、神の業が現れるためです。